7月16日、NPO法人まちづくり学校さんが開催する、ブラニイガタ上海府編が開催されました。
今更説明するまでもありませんが、ブラニイガタは新潟県内各地を舞台に、それぞれの街の趣を感じながら巡る、人気のまち歩きイベントです。
このほど、村上市上海府地区でそのイベントを開催できないか?という光栄なオファーを受け、オレモオメモとしても企画から当日の運営まで携わることとなりました。
当日の集合は14時上海府連絡所。
予報では前々日まで雷マーク、悲惨な状況も覚悟していましたが、前日から天気予報は一転して太陽が照る中での開催となりました。
まちづくり学校の皆さん、オレモオメモと違って晴れ男・晴れ女が多いようです。
13時半頃から少しずつ参加者が集まり始めました。地元以外ではブラニイガタ常連の方々がほとんどで、皆さん見慣れた顔だったようです。総勢20名程度となりました。
14時にオープニングの中でコース説明と自己紹介などして連絡所を発ち、旧上海府小学校前を通って柏尾集落へ。まち歩きに参加したかったのか、この日はトンボも大量発生でした。
柏尾集落内では車の通れない裏路地を列になって進みます。住民以外では、用事がなければ絶対通らない道。
それ以外の人が歩いていると不審者と思われてしまいそうな通りなので、この機会に楽しく歩かせてもらいました。
細い路地の中に経つ土蔵、廃業して年月が経った小さな商店の前の郵便ポスト、同じ上海府に住んでいても、他の集落の裏路地などに一歩入ると、とても新鮮に感じます。
柏尾集落に関しての説明を、地元で詳しい佐藤さんに依頼しました。塩釜神社の事や、共同で洗い物や消火活動に使うための用水の事など、様々な説明を受けましたが、全てを聞くには少し時間が足りなかったようです。
人気のイタリアンレストラン、カーサ・デル・ファーロを経由して柏尾海水浴場へ。
海を見ながら岩の説明もしていただきました。
海には大小たくさんの岩が見え隠れしていますが、全ての名前が付いています。何となく由来が分かるものから、まったく意味不明の名前まで様々です。
佐藤さんは、岩の名前が一覧に記した資料を作成されていました。
各集落でも岩の名前があると思いますが、漁に出る人間が減っている状況から、いずれ忘れ去られてしまうのではないかと考えると、こうした資料は貴重です。
義経伝説の残る一跳山の麓を通って間島集落へ入って橋下の船着場へ到着。
橋が日陰を作り、海からの風が心地よく通り抜けました。堤防の段差も腰掛けるのにちょうど良い具合です。
この付近は、上に国道が出来る以前は海水浴場だったそうです。
船着き場では、船を所有して漁を行っている菅原さんからお話を聞きました。
魚用の網、サザエ用の網とをそれぞれ使い分けているそうです。菅原さんも、もともとは外国航路の船乗りでした。乗る船は変わっても海の男なのです。
この後、当初のコースでは間島の仲雲寺にも足を伸ばす予定でしたが、時間が押してしまって泣く泣くカットとなりました。
そのまま間島の大通りを歩いてAGハウスへ向かいます。村中のメインの通りはゆったりとしていて車の通りもそれほど無いので、のどかな風景の中を歩いていきました。
AGハウスに到着してしばし休憩。AGハウスにはラムネとスイカが似合いますね。
家の中を見学したり、菅原オーナーのお話を聴いたりして、16時10分にはAGハウスを出発して間島駅へ向かいます。
今回の旅では、間島駅から電車に乗って越後早川駅経由で戻ります。これはリクエストを反映させたものですが、電車移動を組み込んだまち歩きはブラニイガタのなかでは珍しいそうです。
心地良い疲れの中を、わずか5分ほどですが電車に揺られて越後早川駅に到着。ワンマン列車からゾロゾロと一人ひとり精算して降りていくと、発車時間が遅れないか余計な心配をする自分…
この越後早川駅で終了解散となりますが、出発地点の連絡所までは歩いて戻る選択肢もあり、7割くらいの参加者は歩いて戻りました。
コースは吉浦集落の風景となります。途中、阿部酒店でアイスを購入。せっかく運動しても、それ以上に飲み食いするという、あるある。
連絡所まで30分くらいの延長戦で、本当に全行程を終了しました。
今回はブラニイガタという人気のあるイベントで上海府を舞台にしていただき、本当に嬉しく思います。
あまり派手な見どころの無い地区ですが、伝え方、発信の仕方を工夫して、これからも上海府の魅力を伝えていけるように頑張ります。今回は、それを今一度考えるきっかけともなりました。
参加いただいた皆様、まちづくり学校さん、説明をしてくれた佐藤さん、菅原さん×2、本当にありがとうございました!