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上海府中学校跡

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上海府地区の地理的中心である柏尾集落には平成31年3月に閉校した上海府小学校があり、小学校創設以前は村上第一中学校に統合された上海府中学校があった。

現在の上海府中学校跡の碑

現在の上海府中学校跡の碑。近くに上海府小学校の碑もある

上海府中学校は戦後の教育改革の中で昭和22年5月に開校した。開校当初校舎は無く、大月小学校と吉浦小学校の校舎を借りての授業だったので、同じ中学校の同級生でも顔を合わせる事が年に数回しかないという奇妙な状況だったという。

昭和24年にようやく柏尾に新しく校舎が作られた。敗戦直後という事と、財政基盤の貧弱な小村において村立中学校創立時の苦労は相当なものだったらしい。

昭和24年の入学生

昭和24年の入学生。後ろに建設中の体育館も見える。また、玄関に上海府村公民館と表札があり建物が兼用されていた事もうかがえる。

上海府の先人達は各家庭の負担に配慮しながらも、それぞれの思惑の中で毎日のように白熱した議会を繰り返し、1年余りの歳月を掛けてようやく話をまとめ上げた。

財源には各集落の杉林を処分し用地は無償提供としたもので、それでも他の町村に先駆けての創立だったという。

昭和40年頃、体育館が建て替えられる前の様子

昭和40年頃、体育館が建て替えられる前の様子

この校舎の普通教室棟は平成5年の閉校時まで約半世紀に渡り学び舎として使用された。隙間だらけの木造校舎は低気密・低断熱で、冬には窓を閉めていても教室内に粉雪が舞い込んだ。

新潟地震も経験した校舎は、それ以上倒れないように?校舎の外側から鉄の太い棒で斜めに支えがしてあり、これが無いとダメなのかと生徒を不安にもさせた。

後に小学校のプールとなる場所に家庭科室と音楽室があった。ここがまた放課後には人の気配が無い淋しい場所だった。

当時、村上市で一番ボロい中学校と思っていたが、練習試合で訪れた山辺里中学校もなかなかの物だったので少し安心したのはここだけの話だ。

閉校時の様子

平成5年の閉校時の様子。開校時と比べると南と北に特別教室棟が増築され、体育館が新しくなった

閉校時にあった部活は4つ。男子が野球か卓球、女子がテニスかバレーで、男女それぞれに選択肢が二つしかなかった上、帰宅部は基本的に許されなかった。文化系の人間には気の毒な話だったので統合されて良かったと思う。

ちなみに野球部ではグラウンドが小さいためライトのポジションが無い。練習でライト方向に飛んだ打球は、当たり加減でヒットか否か、何塁まで行けたかを判断した。

それでも、それぞれの部が下越の中でも強豪校に数えられて強かった。最大で片道5kmの通学と潮風で鍛えられた足腰が、基礎体力の向上に貢献したのではないだろうか。

現在の様子

現在の様子。小学校も閉校し、使われないグラウンドに雑草が伸びる

上海府中学校は平成5年3月に閉校し、村上第一中学校に統合。閉校時の生徒数は全校で60人。学校までの距離は遠くなったが、生徒はスクールバスで楽ちんに通学している。

上海府中学校校歌

上海府中学校校歌

作詞 井上武
作曲 長谷川ミノリ

大海原は 清く清み
丘の緑の かげうつす
そのときわ木の 松のごと
若き命 ここにあり
われ等また 風雪に耐え
育たなん 砂丘のおかに

熱砂の丘に 花咲きて
我が学び舎に 夢ひらく
その浜なすの 花のごと
若き望み ここにあり
われ等また 激し日に耐え
色どらん 世の庭に

国わらに 雪白銀に
厚くよろいて おおえども
海府の健児ぞ 意気高く
若き祈り ここにあり
われ等また 高き理想をもて
すすまなん 未来の海に

ああ 村上 上海府中
若く あれ とわに

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